一流の翻訳者が仕事を独占することはない
プロの世界では、仕事が平等にまわってくるということはありえません。翻訳も同じです。翻訳者に仕事を発注する立場の人は、最適と思える翻訳者に依頼しようとし ます。スケジュールが合わないなどのために断られれば、次善の翻訳者に依頼しようとします。
ただし、どの翻訳者が最適かを判断する基準はさまざまにあるので、一流の翻訳家だけに仕事が集中するとはかぎりません。産業翻訳であれば、翻訳料金や納 期が重要な要因になります。翻訳料金が安く、徹夜しなければできないほど納期が短い仕事は一流の翻訳者に依頼するわけにはいかないのが普通でしょう。出版 翻訳では、原作の質が高く、部数が多くなると見込める場合には一流の翻訳家に依頼しようとするでしょうが、原作の質が低いか、部数があまり見込めない場合 には、新人に依頼しようと考えることもあるでしょう。このような事情があるので、並みの翻訳者でも出番がないというわけではありません。
もうひとつ、翻訳には誰が一番なのかを判断する客観的な基準がないために、優秀な翻訳者でも質の高さをなかなか発注者に認めてもらえない場合がありま す。とくに、翻訳のスタイルについての見方が違っていれば、質についての見方が正反対になることすらあります。たとえば英文和訳調、一対一対応型の翻訳を 理想だと考える発注者はさすがに減ってはいますが、まだなくなったわけではありません。そういう発注者は、「原著者が日本語で書けばこう書くだろうと思え る翻訳」を質が低いと判断するでしょう。訳文を読んでも意味が理解できないようなガチガチの翻訳調でなければ認めようとしないでしょう。また、翻訳という ものの重要性を認めようとしない発注者もいます。出版社の編集者にすら、そういう人がいます。そういう人に質の高い翻訳を提出しても、評価してはくれない でしょう。だから、翻訳者は発注者を選ぶようにする必要があります。どのような翻訳を目指すのかを明確にし、それを高く評価してくれる発注者を選ぶ必要が あるのです。