リサーチ 2018/1/20
東南アジアの人件費は上昇推移傾向、東南アジアとの新しい働き方とクラウドソーシングの関係
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今回のワークシフトリサーチでは、人件費が上昇する東南アジアとの新しい働き方を考えていきます。 日本企業の進出・投資が増加しているASEANにおいて、各国政府による最低賃金引き上げを背景に、労働力コストが上昇していることは以前お伝えした通りです。一方で、賃金上昇の程度については東南アジア諸国の間でも大きな差があり、外資企業誘致における競争力の維持や国民生活の水準向上や物価上昇など、さまざまな動向や思惑が関わっています。
また、賃金上昇が続いた結果、日本との賃金格差は着実に縮小しつつあります。かつて「世界の工場」と呼ばれた中国は、最低賃金ベースで見ても日本に迫っており、かつてよりも豊かな暮らしができるようになりつつある結果、以前と比べて日本の賃金に魅力を感じなくなりつつあります。米中間の貿易戦争も相まって、生産拠点やサプライチェーンをコストのかかる中国から相対的に賃金の安い東南アジア諸国へ移す動向が見られています。
しかし一方で、日系企業をはじめとした外資企業の進出受入が進んでいる国々では、低賃金労働に依存した産業から、より高い技術力や賃金が求められるハイテク産業への転換が図られています。特に教育水準の高い国や旧宗主国などへの留学が盛んな国では、現地にも高度な人材が増えていることから、今後は人材確保のコストが上昇していくことが見込まれます。
以上のことから、これまでの低コストな労働力を求めての東南アジア進出だけでなく、より高度な人材とともに働くための進出戦略を考える必要があるでしょう。では、実際にどれほど賃金が上昇しており、日本との賃金格差はどの程度縮小しているのでしょうか。
1.東南アジアでの人件費上昇とその推移状況
図1.一般工職(単位は米ドル、JETRO海外調査部「第25回アジア・オセアニア主要都市・地域の投資関連コスト比較(2015年6月)」より引用)
上図は、東南アジア各国の最低賃金の推移を表したものです。見てわかるように、東南アジア諸国ではいずれも人件費の上昇が続いています。こちらに記載がないベトナムやマレーシアについても基本的には上昇傾向にあり、2018年の最低賃金に関していえば、ベトナムはカンボジア程度、マレーシアはインドネシアより少し低いくらいとなっています。
より詳細な数字についてみてみましょう。例えば縫製業や製靴業が盛んなカンボジアでは、2018年の最低賃金が前年比11.1%増の月170ドル(約1万9千円)となっており、2023年までには月250ドルまで上昇させるという政府発表もなされています。もし実現すればマレーシアに並ぶ賃金水準を実現させることとなります。また、ミャンマーでも5月から最低賃金が33%上がっており、世界最貧国の一つでもあるラオスも、22%の上昇が起こっています。上記の国々は一党独裁や強力な政権与党によって、物価上昇などからくる国民の不満や労働者の流出をおさえるために、生活水準の向上を狙ったポピュリズム政策として賃金が上がっているケースといえます。一方で、人件費の上昇は企業のコストを圧迫するため、投資が鈍ることが懸念されています。一方で、ベトナムは最低賃金の上昇こそ起こっているものの、上昇率は前年比5.3%と3年連続で過去最低を更新しました。東南アジア間での企業誘致競争が激化している中、外資企業の進出や投資に配慮しての動向ですが、一方で物価上昇が続く状況を鑑みると労働者の不満は高まるとみられています。
かつて安い賃金を理由に「世界の工場」として栄えた中国は、2000年代に急速に賃金が上昇し、多くの企業は生産拠点を中国から東南アジアに移転させました。例えば、中国との賃金格差拡大を受けたベトナム、ミャンマーへは縫製業の供給拠点シフトが、そして小型電子部品の組み立て工程などについてはタイからラオス、ミャンマーへの移管が続くという予測がなされています。一方上記の日経新聞の記事によると、「2015年度の賃金昇給率が前年度と比べて最大だったのが13.6%増のカンボジア。同国をはじめ、インドネシアやミャンマーなど7カ国が2ケタ増を記録した。」とあり、特に発展途上国のなかでも後発国と言われている地域での賃金上昇が目立ちました。
さらに近年では、賃金上昇が進んだ結果、日本との賃金格差が急速に縮まっており、もはや「安い労働力」としての東南アジアという認識は必ずしも当てはまらない状況が生まれつつあります。
2.東南アジア地域における人件費の上昇と日本との賃金格差の縮小
では、東南アジアの労働賃金は日本と比べてどの程度の差があるのでしょうか。結論を先取りするならば、現在はまだ一定程度差があるものの、その差は着実に縮まりつつあります。以下の図は、アジアと日本の賃金格差の推移を表したグラフです。ASEANではベトナムのみが記載されていますが、先の図1に鑑みるならば、ベトナムの最低賃金は大まかには東南アジア諸国において中程度にあたると考えられます。
図1.一般工職(単位は米ドル、JETRO海外調査部「第25回アジア・オセアニア主要都市・地域の投資関連コスト比較(2015年6月)」より引用)
もちろん、東南アジアでも比較的開発が遅れている国々では依然として賃金格差は残っており、例えばミャンマーは「東南アジア最後のフロンティア」と呼ばれ、事業展開や製造業における労働力が期待されています。しかし、既に日系企業が多く進出している国々では、日本との賃金格差が急速に縮小しています。こうした賃金格差の縮小は、来日する外国人労働者の出身内訳にも如実に表れています。上記の東京新聞の記事では、厚生労働省の調査を引きながら、2012〜16年の間にベトナムやネパールから来日する外国人労働者数は6倍前後の増加が起こっている一方、中国は16%の増加にとどまり増加ペースにブレーキがかかっていることが指摘されています。かつて「世界の工場」と呼ばれ、労働賃金の安さが有名であった中国ですが、近年ではもはや日本に働きに来るメリットを必ずしも感じないほどに給与水準が上昇しているのです。また、こうした賃金格差の縮小には低成長が長く続いた日本の経済状況も背景にあります。
その一方で日本企業による海外進出は活発化しており、国際収支ベースでみても2011年に1000億ドルを超えて以降、6年連続で同水準を超えています。ASEANについていえば、2010年代以降はそれまで拮抗していた対中国向け投資を上回っており、高水準で推移しています。また、実際に進出する企業数も多く、特にカンボジア、ラオス、ミャンマーについては進出数は少ないものの増加率は高い状態が続いています。JETROがおこなった調査によると、ASEAN地域へ進出する場合には複数国に拠点展開をする企業も一定数あり、シンガポールやタイを核にベトナム、インドネシアへ展開する事例が多く、なかには更に拠点を5〜7カ国にまで設置するケースもあります。
ワークシフトとは
ワークシフトに登録している世界210カ国から10万人以上の登録者が、市場調査や翻訳、デザイン作成など海外に関わる業務のサポートをおこないます。
3. 東南アジア地域の人件費上昇と日本企業の生産拠点としての進出実現性
東南アジアでは、外資の生産拠点として開発が進んできた地域での賃金上昇が著しいことがわかります。
安価な生産拠点先として注目されてきた東南アジアですが、人件費が上昇している多くの地域では以前のようなメリットは見込みづらくなっています。低コストな生産拠点の設置を目的とするのであれば、ミャンマーやカンボジアなどといった東南アジアの中でも開発が遅れている地域への進出を検討する必要があります。一方で、近年ミャンマーやカンボジア、ラオスでは、ポピュリズム的な政権により賃金上昇によって国民の生活水準を向上させる政策がとられています。これによって消費の市場は広がる見込みですが、生産性向上を伴わない賃上げは企業の生産コストを圧迫し、外資の投資を鈍らせる可能性があることは、すでにここまでに指摘されてきた通りです。
この調査により、高給な都市は1,500ドルを超える香港・ソウル(韓国)・シンガポール、人件費が低いのが100ドル強のダッカ(バングラデシュ)、プノンペン(カンボジア)、ビエンチャン(ラオス)などであることがわかりました。日系企業の生産拠点として人気のバンコクやジャカルタは、過去10年間で100ドル以上賃金が上昇していました。既に日系企業が多く進出している国では賃金上昇は急速に進んでいる一方、東南アジアでも比較的発達が遅れている国々では依然として賃金は低いということがわかります。
4. 東南アジア諸国におけるホワイトカラーの成長と人材活用の潜在性
今後のビジネスにおいて、人件費が上昇する東南アジアとは新しい付き合い方が求められていくでしょう。重要なポイントは、冒頭でもふれたようなホワイトカラーの成長です。東南アジアの中でも発展が早く、高等教育や旧宗主国との関わりが強い国々は、外資の参入により多くのノウハウを取り込んできました。その結果、国内で知識層の著しい成長が見られ、高度人材として賃金も上昇してきたのです。そして、この賃金の上昇により、単純労働から知的産業へと東南アジアの産業構造は大きく変貌しようとしています。今後は、単なる生産拠点ではなく、高度な知識が求められるビジネスを担っていけるようになるでしょう。
例えば、タイでは低賃金労働に依存した産業構造からハイテク産業への移行が目指されています。米中間の貿易戦争を背景に、国内外からの投資申請額は前年比43%増の282億ドルにのぼることがロイターによって報じられています。
2016年時にもお伝えしたように、東南アジアに単に生産拠点を移転するだけではコストが大きくなる時代になってきました。今後は、現地の優秀な人材をいかに活用するかが重要なポイントになります。例えば現地でのマーケティングを現地日系法人のマーケターに依頼したり、IT関連の仕事をスキルと経験のあるシステムエンジニアに委託したりするなどといった付き合い方が考えられてくるでしょう。現地にオフィス・工場を設立するだけではなく、クラウドソーシングなどを通じて日本から仕事を依頼することでコストや時間を抑えたり、案件ごとでの人材確保も検討できます。今後も東南アジアは成長が持続する見込みですので、日本企業も東南アジアとの付き合い方を変化させていくべきでしょう。
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参考文献
東京新聞「アジアと賃金格差縮小 外国人、募集しても来ない?」(2018年11月22日)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/list/201811/CK2018112202000161.html
日本経済新聞「ベトナム最低賃金5.3%上げ、3年連続伸び最低」(2018年8月14日)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO34142830U8A810C1910M00/
日本経済新聞「最低賃金上げ、アジア席巻 「人気取り政策」外資警戒」(2018年10月28日)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO37021870X21C18A0MM8000/
日本総研「東南アジア諸国間の『違い』を考える(第2回):教育水準」
https://www.jri.co.jp/page.jsp?id=22275
日本貿易振興機構海外調査部「ASEAN地域の複数国における拠点展開」(2018年2月14日)
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2018/fa79c93a51594984.html
三菱東京UFJ銀行国際業務部「アジア・オセアニア各国の賃金比較(2018年5月)」
https://www.bk.mufg.jp/report/insasean/AW20180510.pdf
三菱東京UFJ銀行国際業務部「アジアの賃金最低賃金動向(2018年12月)」
https://www.bk.mufg.jp/report/insasean/AW20181207.pdf
大和総研アジア事業開発本部「アジア新興国での最低賃金引き上げの影響」(2018年6月15日)
https://www.dir.co.jp/report/asian_insight/20180615_020147.pdf
ロイター「タイの投資申請額、2018年は280億ドル 目標上回る」(2019年1月9日)
https://jp.reuters.com/article/thailand-economy-investment-idJPKCN1P30KP
BizAiA!「東南アジア最後のフロンティア ミャンマーの魅力」(2018年11月26日)
http://bizaia.asia/%E3%83%9F%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%81%AE%E9%AD%85%E5%8A%9B-4/